大判例

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大阪高等裁判所 昭和56年(ラ)70号 決定 1981年4月17日

抗告人

株式会社オリジン

右代表者

埜口康博

抗告人

岡本博文

抗告人

埜口康博

右三名代理人

永松達男

相手方

片山嘉子

相手方

片山保

右二名代理人

折田泰宏

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。京都地方裁判所昭和五五年(ワ)第一二八〇号証券引渡等請求事件(以下「本件訴訟」という。)を福岡地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は次のとおりである。

1  専属管轄の定めのある場合には民訴法二七条によつて同法二一条の規定の適用は排除される。相手方嘉子は、昭和五五年二月一六日抗告人会社と現物条件付金取引契約を締結するに当り、右取引に関する訴訟については抗告人会社福岡支店を管轄する裁判所を専属的管轄裁判所とする旨の合意をした。

2  相手方らの抗告人岡本及び同埜口に対する請求は、相手方らの抗告人会社に対する証券返還請求が認められないか、又はそれが認められてもその執行が不能の場合に備えての予備的請求の性質を有し、訴の主観的予備的併合であるから、本件訴訟中抗告人岡本及び同埜口に対する訴は不適法であり、不適法な訴により併合請求の管轄は生じない。

3  京都地方裁判所を普通裁判籍所在地の裁判所とする被告は抗告人岡本のみであり、同抗告人が京都市に居住するのはたまたま抗告人会社京都支店に勤務していたからにすぎず、やがて同抗告人が他へ転勤又は退職(現に退職している。)することを考えると、このような被告の管轄裁判所に他の二被告の利益を無視して併合請求の管轄を生じさせるのは不合理である。

4  (イ)相手方らは、本訴請求の権利を被保全権利として抗告人会社を被申請人として京都地方裁判所昭和五五年(ヨ)第六二九号仮処分決定により債権保全の手続をとつている。(ロ)相手方らは、本案訴訟として抗告人会社だけを被告とすれば十分その目的を達成でき、抗告人岡本及び同埜口を被告として訴を提起する必要はないし、仮に勝訴判決を得ても同抗告人らには支払を求める意思を有しないものと考えられる。(ハ)このような場合には管轄選択権の乱用として民訴法二一条の適用を否定すべきである。

5  以上のとおり本件訴訟は抗告人会社の福岡支店を管轄する福岡地方裁判所に移送すべきであるから、抗告の趣旨のとおりの裁判を求める。

二当裁判所の判断

1  抗告理由1について

民訴法二七条は専属管轄の定めのある場合には同法二一条の規定の適用を排除する旨定めているが、右の「専属管轄」とは法定の専属管轄に限られ、専属的合意管轄は含まれないと解すべきであるから、抗告人ら主張のように、抗告人会社と相手方嘉子との間に抗告人会社福岡支店を管轄する裁判所を専属的管轄裁判所とする旨の合意が成立していたとしても、同法二一条の適用は排除されない。

記録によれば、本件訴訟の請求の趣旨及び原因は別紙記載のとおりであること、本訴請求は抗告人会社京都支店の業務に関するものであること、抗告人が京都市に住所を有することを認めうる。

右事実によれば、京都地方裁判所は、相手方嘉子の抗告人岡本に対する二〇万円(不法行為債権)の請求につき同法一条により、相手方の抗告人会社に対する請求につき同法九条により管轄を有する。

相手方らの各抗告人に対する請求は、同法五九条前段に該当する請求であるから、同法二一条により、相手方嘉子は抗告人会社及び同埜口に対し、相手方保は抗告人岡本及び同埜口に対し京都地方裁判所に本件訴訟を提起しうる。

2  抗告理由2について

相手方嘉子の(イ)抗告人会社に対する二〇万円(不当利得債権)の請求と(ロ)抗告人三名に対する各二〇万円(不法行為債権)の請求とは、同一の給付を目的とする両立しうる請求であり、相手方嘉子は抗告人岡本及び同埜口に対し右(ロ)の各二〇万円の請求を無条件にしているのであるから、抗告人岡本及び同埜口は予備的被告ではない。

3  抗告理由3について

右の抗告人らの独自の見解である。

4  抗告理由4について

抗告人ら主張の4の(ロ)の事実を認めうる資料はない。

5  記録によれば、本件訴訟は抗告人会社京都支店における取引に関するものであり、本件取引における具体的事実関係が争点となつており、これらの点に関する証拠調として、右取引に直接関係を有する相手方両名及び抗告人岡本各本人尋問が予想されるところ、右三名の者はいずれも滋賀県又は京都市に居住するものであり、京都地方裁判所で審理することが本件訴訟につき著しい損害又は遅滞を避けるために必要であると認められる。したがつて、本件訴訟を職権で福岡地方裁判所に移送するのも相当ではない。

6  よつて、抗告人らの主張はいずれも理由がなく原決定は相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(小西勝 大須賀欣一 吉岡浩)

〔請求の趣旨〕

第一、被告株式会社オリジンは、

一、原告片山嘉子に対し、金二〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らに対し、別紙証券目録記載の証券に対する質権設定契約が無効であることを確認せよ。

三、原告片山嘉子に対し、別紙証券目録中(一)記載の証券を原告片山保に対し、同目録(二)記載の証券を引渡せ。

(予備的請求の趣旨)

被告岡本博文、同埜口康博と連帯して、原告片山嘉子に対して金三二〇円、原告片山保に対し金三〇〇万円および、それぞれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二、被告岡本博文、同埜口康博は被告株式会社オリジンと連帯して、原告片山嘉子に対し、金三二〇万円、原告片山保に対し金三〇〇万円、およびそれぞれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

〔請求の原因〕

一、被告株式会社オリジン(以下被告会社という)は、金地金「現物条件付取引」を業とする業者である。

被告岡本博文は、同会社京都支店営業主任、被告埜口康博は、同会社代表取締役である。

二、原告片山嘉子(以下原告嘉子という)は、別紙取引一覧表のとおり昭和五五年二月一六日から一〇回にわたり被告会社との間で、金地金の「現物条件付取引」(以下本件取引という)をなし、「取引保証金」として昭和五五年二月一八日別紙証券目録記載の貸付信託受益証券(以下本件証券という)に表示された受益権に質権を設定し、かつ同年二月一九日現金二〇万円を被告会社に預けた。

原告片山保は(以下原告保という)は原告嘉子の夫であるが、本件証券のうち自己の名儀の(二)の証券について原告嘉子に管理をまかせていたものである。

三、本件取引の概要

被告会社は、原告嘉子との間の取引を「現物条件付取引」と称しているが、その取引の概要は、被告会社が交付するパンフレット、約款から総合すると、顧客からの売買の注文を被告会社が加入する私設の東京金属市場を通して行う一ケ月先ないし六ケ月先の六種の金地金先物取引である。約款上転売または買い戻し等による差金取引をしないと規定しながら、本件取引で明らかなように差金決済を行うことを常としている。

四、本件取引および本件設定契約の無効

本件「現物条件付取引」およびそれに件う本件質権設定契約は次の理由により無効である。

(一) 公序良俗違反

1、消極的詐欺行為

日本においては原告嘉子を含め金地金についての基礎知識が乏しく、一方金の価格は国際情勢がからみ複雑な要因により決定されるので専門家でさえ判断がむつかしいといわれる。加えて国内には公認の市場がなく金の現物取引でさえロンドン市場の値を基準に業者が各自勝手に決定している現状であり、金先物については全くブラックマーケットの独壇場となつている。また金の現物についてすらその値が激しく変動していることは業者であれば知悉している事実である。

従つて業者としては顧客に対し、取引の初めに少なくとも次の事実を告知し取引の危険性を認識させなければ、そのような不作為自体が欺罔行為と言わざるを得ない。

(1) 日本においては金について公認市場がなく、本件の市場は私設の市場であること。

(2) 本件取引は先物の相場取引であり投機性を有し、大きな損を被ることもあること。

(3) 追加保証金の説明

(4) 保証金の意味。実際に取引される金の価格は保証金の五〜六倍もの額であり決済時にはこれを支払つて現物を受渡ししなければならないこと。

原告嘉子は被告会社から右のような話を全くきいていないばかりか、次に述べるような説明に欺かれたのである。

2、積極的詐欺行為

被告会社は「現物条件付取引」なる名称で、その実、先物取引の差金決済を行つているが、これ自体詐欺である。

また被告岡本博文は原告嘉子に「金は値上つているから株より安心である。」とか「三月末には七〇万円の純利を払える。」「これからも金はもつと上る。」という甘言と虚偽の事実を並べ本件取引に誘いこんだ。同被告が原告嘉子に交付したパンフレットにも金取引の有利性を強調したことしか書かれていない。一般の商品取引においては、このような断定的判断の提供による勧誘は禁止されているところである。

3、「委せ玉」、無断取引の違法

被告会社は原告嘉子の金取引に対する無知、被告岡本に対する信用を利用して同原告の方からの積極的な注文がないのにも拘わらず次から次と売買に引き込み損害を拡大させた。特に同原告は先売り取引については全く知識がないのに二月二九日には先売りの売付がなされておりまた三月一七日以後の取引は同原告が全く関知していない取引である。

また被告会社は差金決済をしておきながら同原告に対し何ら精算報告をなさず、また保証金の運用状況についても報告をせず、顧客には自分の資産がどのようになつているか知らさないでいる。

4、私設の金市場のごまかし

本件取引は東京金属地金市場と称する私設の金地金市場でなされるというのであるが、本来市場というものは相場が需要・供給の関係から自由かつ公正に形成されるものであるがこのような私設市場はこれとは似ても似つかぬものである。また原告嘉子に交付された約款の中には市場の定款、業務規定その他の諸規則があるように記載されているが、同原告はこれらの交付を受けておらず、一体どのような市場であるのか説明されていない。

以上のような事情を総合すると被告会社の「現物条件付取引」なるものは、取引自体顧客の安全性が全く保障されず、被告会社において思うままに顧客を繰つて保証金名下に財産を収奪できる構造になつており、この取引自体が公序良俗に違反し無効であるというべきである。従つて本件取引を前提としてなした本件質権設定契約も無効である。

(二) 詐欺による取消

被告会社および被告岡本の本件取引における前述の行為は詐欺に該当するから、原告らは本訴状をもつて本件取引契約および質権設定契約を取消す。

五、よつて被告会社は法律上の原因なくして原告嘉子から預つた現金二〇万円および別紙証券目録の証券記載の受益権に対する質権を不当に利得しているから、原告らはこれら受益権に対する質権設定契約に対する無効の確認を求めるとともに、原告嘉子において、金二〇万円とこれに対する本訴状送達の日から完済まで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いおよび別紙証券目録中(一)記載の証券の引渡しを、原告保において別紙証券目録中(二)記載の証券の引渡しを求める。

六、不法行為責任

(一) 被告会社は原告らに対し損害を発生させることを十分に知悉しながら前四項記載のとおり違法な取引に原告嘉子を引き込んだものであり、また被告岡本博文は京都支店営業主任として原告嘉子を直接勧誘して損害を与えたものであり、被告埜口康博は代表取締役として被告会社の違法な取引を企画実施しているものであるから、いずれも故意による共同不法行為をなしたものとして、民法七〇九条にもとづき損害賠償の責を負うべきである。

(二) 原告らの損害

原告らは被告らの前記違法行為により、原告嘉子において被告会社に預けた金二〇万円と別紙証券目録中(一)記載の証券の時価相当額金三〇〇万円計三二〇万円の損害を、原告保においては別紙証券目録中(二)記載の証券の時価相当額金三〇〇万円の損害を、それぞれ被つた。

(三) よつて、原告らは被告らに対し、連帯して各自右損害金およびそれに対する本訴状送達の日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

七、よつて請求の趣旨のとおりの裁判を求める。

なお、被告会社に対しては本位的に不当利得を理由に、予備的に不法行為を理由に請求をなすものである。

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